誤解を解こう

病院(病棟)内のWi-Fi(無線LAN)というと、こんな声もきこえてきますが、それは違います。

誤解1:みんなスマホ持って契約してるんだから、それで出来ないの?

 遠隔手話通訳方式とは、タブレット端末のビデオ通話機能を利用して、離れた場所に居る手話通訳者が端末の画面越しに手話通訳を行う方法です。遠隔手話通訳を使えないと、ろう者は目の前にいる看護師さんと話をすることさえできません。耳の聞こえる人なら入院しても、目の前の看護師さんと話すためにお金はかかりません。ろう者等だけお金をかけて契約データを使わなければいけないというのはおかしくないでしょうか?

自分の病状など生命に関わることでさえ、正しく知る事ができないのです。ろう者を始め障害者が、コミュニケーション(意思疎通)を行うことは、国際連合の障害者権利条約にも明記されている人権の一つであり、日本の障害者基本法や障害者差別解消法でもうたわれていることです。

また、入院患者がスマートフォンのデータ契約を使って、毎日、インターネット等の利用は、契約データ量制限の問題もあり、経済的に見ても現実的ではありません。いわゆるギガ・データ問題です。また、生活困窮などの理由からデータ契約をしていない人もいます。

誤解2:入院患者は、病気の治療に専念すべきでWi-Fi(無線LAN)でエンターテインメントを考えるなんて余裕はないのでは?どうしても必要なら Wi-Fi(無線LAN)ルーターを自分で契約すればいいんじゃないの?

 ろう者や障害者にとって入院中の外部との通信はエンターテインメントのためでなく生死に関わるコミュニケーションのためです。特にコロナ禍で肉親の面会さえ許されない時に、手話通訳者や介護者を病室に派遣してもらうことはできず、遠隔手話通訳のような通信に頼るしかありません。遠隔手話通訳を含む意志疎通支援は国が市町村の必須事業の一環として提供を義務付けているものです。病院にそのためのインフラがないということは、法的にも倫理的にも問題あるのではないでしょうか? 障害者にとって病室でWi-Fiが使える事はライフラインと言っても過言ではありません。
米国では1980年代から、精神的社会的環境ががん患者等に与える影響の研究が行われ、精神的豊かさが延命に繋がるという 結果が出ています 。逆に家族や友人と交われないストレスが免疫力を下げることも分かっています。 Wi-Fi(無線LAN)は、真のQOLの向上に繋がるだけでなく、生命に関わる問題です。

また、入院していて、外の世界の公的な情報が入らないというのは、そもそも、いいことなのでしょうか? コロナ渦では、自分の命に関わる情報も、感染を避けるため、病院内の紙媒体がどんどんなくなっています。自分で負担すべきという考えでいいのでしょうか? また、これは、日本国憲法第十三条 「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」に抵触するとはいえませんか?

全国がん患者団体連合会会長・天野慎介氏は「病棟内でのWi-Fi(無線LAN)整備は患者へのサービスではなく、もやは患者のライフライン」と言っています。

誤解3:Wi-Fi(無線LAN)の使用が医療機器に影響を与え、医療行為などに支障を来すのではないか?

 平成九年(1997年)に、当時の厚生省(現在の厚生労働省)は、『不要電波問題対策協議会の医用電気機器作業部会による「医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等の使用に関する指針」について』(平成九年三月二七日)(総第一八号・薬機第四八号)という文書を 各都道府県衛生主管部(局)長あてに、厚生省健康政策局総務・薬務局医療機器開発課長の連名で通知を出し、指針を伝えています。 この中で、 無線LANは、ポケベルやコードレス電話、テレメーターなどと一緒に小電力無線局と分類され、「発射される電波による医用電気機器への影響は携帯電話端末と比較して小さいものの、これらの小電力無線局を医用電気機器の間近まで近づけた場合に、ノイズ混入、誤動作等の影響を受けることがあるため、医用電気機器に小電力無線局を近づけないよう注意することが望ましい。」 とあり、間近まで近づけないと電波干渉がないということで「注意することが望ましい」という注意勧告になっています。 一方、PHSは「PHS端末を医用電気機器へ近づけた場合に、医用電気機器がノイズ混入、誤動作等の影響を受けることがあるため、(中略) 医用電気機器にPHS端末を近づけないこと」とあり、間近ではなくても誤動作などがありうるとして、近づけてはいけない、という禁止になっています。このことからも、1997年の時点で、厚生労働省(当時の厚生省)は、無線LANが、PHSよりも医療機器にとって安全だと理解していたことを示すと同時に、 無線LANはそもそも医療機器に近づけることを禁止していたわけではないことがわかります。

また、「電波産業会(ARIB)」から平成14年(2020年)に 「電波の医用機器等への影響に関する調査研究報告書」という文書が出され、 携帯電話(当時はCDMA)などについて、かなり詳しく報告していますが、その中にWi-Fi(2.4GHz、5GHz両方)が含まれています。結論から言うと、Wi-FiはPHS以上に医療機器に影響を与えない(PHSより電波障害=EMIが少ない)という結論でした。PHSは医療機器に近づける(と言っても10cmくらい)と数%の割合で異常をきたし、非可逆的な場合もあったが、Wi-Fiでは、更に割合が低く、非可逆的なものはなかった、ということです。報告書の56ページに載っている表にWi-FiとPHSがわかりやすくなるようにした作成した表を添付します。

さらに、2017年に出された総務省の「 医療機関における安心・安全な 携帯電話利用環境構築に関する調査」によると、 Wi-Fiは医療機関で広く使われている医療用PHSと比較しても出力が弱く、ポケベルや医療で使われるテレメーターと同程度の出力です。(下表参照)

(医療機関における安心・安全な 携帯電話利用環境構築に関する調査」資料を基に作成)82%以上の病院が今後もPHSを使い続けると言っており、PHSが医療機器に影響を与えていないと認識されている事が理解できます。 PHSよりもずっと出力が小さいWi-Fiが導入されても医療機器に影響を与えることはありません。(ちなみに平成17年(2005年)12月1日に電波法の規定が変わったため、それ以前に設置されたPHSは、令和4年(2022年)11月30日以降使用できなくなります。またPHSのサービス自体が令和2年(2020年)7月に終了しました。今後新しいPHSシステムを購入することは難しくなるのではないかと言われています。)

院内での携帯電話やWi-Fi(無線LAN)の使用と医療機器への影響については、医療機関等の主導で細かい研究調査がなされており、その結果Wi-Fi(無線LAN)はほとんど医療機器に影響を与えないことが分かっています。さらにその結果を踏まえ、厚生労働省、総務省、環境省、電波環境協議会が医療機関でのWi-Fi(無線LAN)を含む無線通信の使用法についての指針を公表しています。上で述べたように、すでに81%以上の医療機関がWi-Fi(無線LAN)を導入しており、 指針にしたがっていれば、Wi-Fi(無線LAN)が医療機器に悪影響を与えることはないと言えます。また、国立がん研究センター中央病院やがん研有明病院、 中国中央病院(福山市)、さいたま市立病院(さいたま市)、岡山済生会総合病院(岡山市)などでは、病院内のみならず病棟内にもWi-Fi(無線LAN)環境が整っていますが、問題は起きていません。

誤解4:患者にただで提供するフリーWi-Fi(無線LAN)はセキュリティが心配では?

患者さんが無料で使える「フリーWi-Fi」と言っても、病院側が追加料金なしで提供しているというだけで、Wi-Fi設備費や管理費は病院側が賄っています。 病院側は適切なセキュリティを施すことを求められており、 厚生労働省からも医療分野の情報化に関するガイドラインの一環として、注意喚起されております。
特に総務省は、 無線LAN(Wi-Fi)のセキュリティに関するガイドラインとともに、特に医療機関向けのガイドラインもだしています。

総務省「無線LANのセキュリティに関するガイドライン」における医療機関で重要となる対策のポイント

「Wi-Fi提供者向けセキュリティ対策の手引き」で医療機関で特に重要と考えられる対策

最近は、Wi-Fi(無線LAN)機器の進歩が早く、安全で高機能な機器を安価で購入できます。医療機関での情報の扱いは刑法で定められている厳しいものですので、信用のできる医療機関でのWi-Fi(無線LAN)は安全だと言えます。

誤解5:設備の整備には費用がかさむのではないでしょうか?コロナ禍で医療機関は別のことを優先すべきではないのでしょうか?

すでに日本の病院の約80%以上にWi-Fi(無線LAN)は導入され、そのうち70%弱(67.3%)が電子カルテ等の医療・介護情報のやりとりに利用されているとのことです(グラフ参照)。 通常、病院内の電子カルテなどの医療・介護情報を扱うネットワークは、イントラネットといって、閉じたプライベートのネットワークを使います。これは物理的にあるいは論理的にインターネットからは切り離されたネットワークで、重要な医療情報が外部に漏れないように安全な管理がなされたものです。有線の場合は、専用線を敷設し、物理的に外から遮断するということもあります。専用線を敷設するのはお金がかかりますので、論理的に外部と遮断する、という方法も多く使われています。無線の場合は専用線を引かなくて良いですので、外部のネットワークと接続するポイントがなければ、イントラネットは比較的簡単により安価に作れると言えます。 すでにWi-Fi(無線LAN)は導入している病院のうち、Wi-Fiを医療・介護情報のやりとりに利用している70%弱の病院は、このような無線のイントラネットを運用しているものと思われます。

一方、上記のWi-Fiを導入している病院のうちの71.1%は、院内のスタッフがインターネットに接続するために院内Wi-Fiを使っています。ということは、上記の医療・介護情報を扱う閉じたイントラネットとは別に外部との情報のやりとり(例えばウェブページを読んだりメールを送る)などのために、(オープンな)インターネットに繋がる無線LANもすでに構築している、ということになると思われます。 当然のことながら、病院内のイントラネットの情報がインターネットに漏れ出さないように、院内イントラネットとは物理的あるいは論理的に切り離して、セキュリティを担保した上で、業務上の利便性のためにオープン・インターネットに接続することを許可しているはずです。 このオープンなインターネットに繋がっている無線LAN(Wi-Fi)は、すでにインターネットの一部になっていますので、有線の場合と違い、設定を変えるだけで、患者などにインターネットのアクセスを与えることができるのが普通です。すでにスタッフが病棟で使っているWi-Fiを病室に拡張し入院患者にも使えるようにするだけなので、 そんなに多大な費用はかからないと思われます。 そのような病院の例が報道されています。 入院患者に家族などが自由にお見舞いできないコロナ下であるからこそ、Wi-Fi(無線LAN)が必要です。

誤解6:病院利用者の大多数を占める高齢者はスマートホンを使わないの で、Wi-Fi(無線LAN)を入れても一部の人の利益にしかならなくて不公平なのでは?

2020年の調査によれば、70歳以上の人の65.5%がスマートホンを利用しています。 スマートホンを使わない人はすでに少数派です。60歳代は89%、50歳代は96%がスマートホンを使っています。これら壮年世代もあと10年も経てば高齢者になります。

誤解7 :日本は欧米諸国に比べて公共施設の場でもWi-Fi(無線LAN)環境が 整っているとは言い難いので、病院だけ優先させるのはおかしくないですか?

通常、ろう者等が手話通訳を依頼するケースの約70%は医療機関で使われているということが知られています。だからこそ、医療機関へのWi-Fiの早急な導入が望まれます。

コロナ下で隔離される人が増え、さらに長期に外部と隔絶された病棟にいる患者のために、まずWi-Fi(無線LAN)を入れることは、理にかなっています。シンガポールや韓国ではマイナンバーなどをパスワードにしてどこでも無料Wi-Fi(無線LAN)が使えます。また、病院内に特化して無料Wi-Fi(無線LAN)が使える国もほかにたくさんあります。ましてや、ひとたび、入院してしまえば、そこが私たちの「生活の場」となるのです。そもそもWi-Fi(無線LAN)が整備されている国では、情報を伝えるのが公共の役目という考え方もあります。